■ウタカゼミニノベル『ミラの冒険』

作:真柴空桜

【1】

 すっきりと晴れた青空に、ポカポカとしたおひさまの日差しがとっても心地良い、ある春の日のことです。
 コビット族のミラは、一人で剣の稽古をしていました。小さな手で束を握りしめ、紫色の瞳でしっかり標的を見極めると、
「やああー!」
 勇ましい掛け声とともに切りかかりました。剣は真っ直ぐ藁で出来た人形へ!
 ところが、
「あれ? おかしいな?」
 ミラはきちんと腕を狙ったはずなのです。でも、彼女が切ったのは人形の足でした。バランスを崩した人形は、そのまま前のめりに倒れてしまいました。
「もう! また失敗した!」
 ミラはほっぺたを膨らませ、その場にごろりと寝そべりました。
 ここは、コビット族が暮らす村です。
 コビット族は、とてもとても小さな人々。彼らは美しい自然に囲まれたこの場所で、田畑を耕し、騎乗用であるウサギを飼育し、食べる為に魚を釣ります。
 全てのコビット族は黒髪黒目ですが、「ウタカゼ」と呼ばれる小さな勇者たちは、様々な色の髪や目を持っています。
 彼女――ミラもその一人のはずなのですが、どうやら少々問題がありそう。
 ミラは空を仰いで考えました。
(あたしはこうして毎日特訓をしているのに、どうして上手くいかないのかな? せっかく憧れだったウタカゼになれたのに……)
 かつてこの世界をかたちづくったとされる龍たちに選ばれ、苦難を乗り越える希望の力『歌風の力』を授けられた特別なコビット族。それがウタカゼなのです。
 彼らは本拠地である“歌風の龍樹”の元に集って、普段はそこで戦いの訓練をしたり、時には助け合いながら、仲よく暮らしています。
 そんな彼らが活躍をするのは、これからです。
 ほら、一匹のツタエバチが空を飛んでいくのが見えます。ツタエバチは、私たちの世界でいう、伝書鳩のようなもの。足に一通の手紙を括り付けています。
 今日はいったい、どんな依頼が来るのでしょうか?
 さて、ここでミラがどうしているのかを見てみることにしましょう。
 ミラはあの場にごろりと寝そべったまま、ウトウトしていました。ちょうど気持ちの良い風が吹いて、ミラは夢心地でした。
 そこへ一人の少女が走ってきました。
 眠りかけたミラを見つけると、少女は「起きて、起きてよ!」と思いっきり揺さぶりました。
 ミラが目を開けると、空よりも濃い青い目が自分をじっと見据えています。
「どうしたの、リィ?」
「どうしたの? じゃないわ。お師匠さんがお呼びよ」
「師匠が?」
 驚いたようにミラは起き上がります。寝転んでいたせいで、彼女の髪はもつれてぼさぼさになっていました。
「ミラ、頭を直した方がいいわよ。わたし、先にお師匠さんのところへ行っているわね」
 それだけ言うと、リィはくるりと踵を返しました。
 ミラは髪を解いて、自分の赤毛を手櫛でとかし、ポニーテールに結いました。これはミラが一番気に入っている髪型です。
「よし!」
 気合を入れ直し、ミラは師匠のところへ向かいました。

「おお、ミラ、来たか」
 ミラが師匠の元へ駆け足で行くと、師匠は一通の手紙を持っていました。
「どうされたのですか?」
「ふむ。ツタエバチが依頼の手紙を持ってきたのじゃ。読むぞ?
{ウタカゼさま、どうか私たちをお助けください。最近、村の近くで小鳥たちが悪さをしていて困っています。このままでは、村から一歩も外へ出ることができません。どうかお力を貸してください}
 とのことじゃ、ミラ、行ってくれるか?」
 師匠が言ったことに、ミラは目を輝かせました。ウタカゼになって初めての任務です。
「はい、ぜひ行かせてください!」
 ミラの返事に師匠はうなずき、
「よし分かった。では、一緒にいくものをここへ呼ぶとしよう」
 手招きをしました。
 すると、ふたりのウタカゼがやってきました。
「お呼びでしょうか?」
「ミラとともに、任務にあたってくれ」
 師匠に紹介を受け、ミラは一歩前に進み出ました。
「ミラです。よろしく」
 小さな声で頭を下げます。
「そんなに固くならないで」
 そう言ったのは、褐色の肌をしてウタカゼでした。たんぽぽみたいな黄色い髪、それときらきらした人懐っこい笑顔がとても印象的です。
「私はアリア。仲よくやりましょう。それで、私の隣にいるのが……」
「クルトだ。よろしく」
 茶色いくせっ毛に、きりっとした太い眉のウタカゼが手を振ります。彼はミラよりも頭一つ分大きく、ミラはただ黙っておじぎをすることしかできませんでした。
「自己紹介が済んだところで、もう一人仲間に加えてもらいたい者がおる」
「誰ですか?」
 アリアが尋ねると、
「ミラ、リィを知っておるな。あの子を任務へ連れて行きなさい。お前も彼女も初めての任務じゃ。新人二人の方が心強いじゃろう」
 師匠は言いました。
 しばらくして、リィがやってきました。
「どうも」
 ぎこちない動きでリィは、ミラを除いた二人に挨拶をしました。春の若葉を思わせる緑色のショートボブを片手でいじっています。これは、彼女が恥ずかしさを隠す時に使うくせです。
「さて、メンバーが揃ったところで、さっそく出発しておくれ。依頼人が待っておる。チームのリーダーは、アリアじゃ。忘れるでないぞ。お前たちはウタカゼ。心にいつも希望を宿しておくのだ」
「はい」
 師匠の言葉に、ミラは元気よく返事をしました。

 こうして、ミラは仲間たちとともに任務へ出ることになったのでした。はたして、上手くいくのでしょうか?


【2】

 出発した四人のウタカゼは、依頼のあった村へと向かいました。
 空はどこまでも穏やかで、白いふわふわの綿あめみたいな雲が浮かんでいました。それがとても美味しそうなこと。
 ミラは前を見ずに空ばかりを見ていましたので、何度もつまづきそうになりました。そのたびに、リィが腕を引っ張ってくれたのでミラは転ばずにすみました。
 大きなリンゴの木の下に来たところで、リーダーのアリアはチームを停止させ、
「目的の村までもうすぐよ。ここで少しだけ休憩しましょう」
 と言ったので他の三人は頷きました。
 ミラは腰にぶら下げてあった水筒の蓋を開けて、水を飲みました。リィは木陰に座って一息つき、クルトは担いでいたボウガンを降ろして磨きだし、アリアは休憩を取りながらも、周囲に気を配らせていました。
 ミラがもう一口水を飲もうとした時です。ぴゅうっとつむじ風が吹き、ミラがかぶっていた羽根つき帽子を持って行ってしまいました。
「まって!」
 ミラは慌てて風から帽子を取り返そうと、走り出しました。
「ちょっとミラ! どこへ行くの」
 アリアが呼んでも、ミラの耳には届きません。仕方なくアリアは、彼女を追いかけることにしました。
 あっちへひらり、こっちへひらりと風はまるでミラを挑発して楽しんでいるかのように、帽子を運んでいきました。
「まって! まって……ったら!」
 ミラは帽子に向かって思いっきり手を伸ばしますが、掴むことができません。地面を蹴って、ジャンプをしても掴めそうで掴めない。なんてもどかしいのでしょう。
「もう! 返してよ」
 ミラがほっぺたを膨らませると、風はやっと帽子をやわらかい土の上に置きました。
「ふう~」
 今度は風に取られないよう、ミラはしっかりと帽子をかぶります。
「あ、いけない。早く戻らなくちゃ」
 ミラは勝手にチームから離れてしまったことに気がつき、急いで戻ろうと来た道を戻り始めました。
 すると、
 どこからか「しくしく、ひっく」という誰かがすすり泣く声が聞こえてきました。
 ミラは辺りを見まわしましたが、どこにいるのかが分かりません。
 そこへミラを追いかけてきたアリアが、やっと追いついてきました。
「ミラ、勝手に動いちゃ……」
「静かに! ほら、聞こえる?」
 ミラはアリアの唇に人差し指をあてて、耳を澄まします。
(いったい、どこから?)
 ミラが考えている間にアリアは、
「こっちだわ」
 と声のする方角を突き止めてしまいました。
「私が先に行くから、ミラは少し距離をとってついてきて。罠かもしれない」
「わかった」
 アリアの指示にミラは頷きましたが、本当はとても怖かったのです。
 でも、出発するとき、師匠に言われたことを思い出し、自分を奮い立たせました。
 音をたてないよう、慎重にミラはアリアの数歩あとに続きます。
 アリアは背の高い草をかき分けて進んでいきました。
 そして、ふたりは見つけたのです。
 泣いているコビット族の女の子を。
 ミラの身体から一気に力が抜けました。アリアがそっと女の子に話しかけます。
「こんにちは、私はアリア。ウタカゼよ。どうして、こんなところで泣いているの?」
 女の子はしゃっくりを上げながら、
「わたし、チロル。お父さんと川へ魚釣りに行こうとしたら、突然鳥さんたちが襲いかかってきたの。わたし、怖くて夢中で逃げた。でも、そうしたらお父さんとはぐれちゃって。こ、ここに、隠れていたの」
 答えました。
「大丈夫! あたしたちが村まで送って行ってあげる。だから、泣かないで?」
 ミラはチロルをはげまします。チロルは涙をぬぐいうなずきました。
「じゃあ、行きましょう」
 アリアとミラは、チロルを連れてクルトとリィの元へ戻りました。
 事情を聞いたふたりは快くチロルを向かい入れてくれたので、さっそく彼女の村へと出発しました。
 アリアが先頭に立って、そのうしろがミラ、チロル、リィ、クルトの順です。
 村にはすぐに着きました。
 入り口では村人がなにやら言い争いをしています。
「行かせてくれよ! 娘を助けたいんだ」
「待て、外は危険だ。そんなことをしたら、お前まで巻ぞいをくらうだけだ」
「でも、娘は、チロルはどうなるんだ!」
「気持ちは分かる。だが、もうすぐウタカゼがやってくると長が言っていた。それまで……」
「いつ来るかも分からないのに、大人しく待てって言うのか!」
「落ちついて下さい!」
 その争いにアリアが割って入ります。
「誰だ? この村の者ではないな?」
 村人に聞かれ、
「はい。私たちはウタカゼです。依頼を受けてやってきました。その途中、この村のお嬢さんを保護したので送ってきました」
 アリアは堂々と答えました。
 ミラに手を引かれ、チロルが進み出ます。
「チロル!」
「お父さん!」
 ふたりはしっかりと抱きしめあいました。
「よかったね」
 ミラがほほ笑みます。
「ウタカゼさま、どうぞこちらへ。私が長の元へ案内します」
 村人の一人が案内役を買って出ましたので、四人はさっそく長の家へ。
 ウタカゼたちを前にした長は、
「良く来てくださいました。わしが、この村の長です」
 お茶を出してもてなします。
「リーダーのアリアです。順番にクルト、リィ、そしてミラです。依頼を受けてやってきました」
 アリアが紹介し、三人は軽く頭を下げました。
「先ほどは、チロルを助けてくださり、ありがとうございました。村中で心配しておったのです」
「とんでもありません。ウタカゼとして、当然のことをしたまでです」
「あの、チロルは鳥さんに襲われたと言っていましたけど……?」
 リィが頬を赤くしながら尋ねます。
「はい、依頼にあったとおり、数日前から小鳥たちが村人に悪さをして、困っておるのです」
「じゃあ、小鳥たちは元々悪いやつらじゃなかったってこと?」
 クルトの質問に長はうなずき、
「さよう。村人が困っていると、かならず助けてくれるやさしい小鳥たちでした。なのに、どうして?」
 悲しそうにうつむきました。
「わかりました。まかせてください。きっと、あたしたちが、元のやさしい小鳥さんたちに戻してみせます!」
 ミラがおひさまのような笑顔で言いました。
 それを見た長は、
「お願いします」
 と弱弱しくほほ笑みました。
「それで、小鳥たちがどこに棲んでいるのかは知っていますか?」
 お茶のカップを手に、アリアが尋ねます。
「ブナの森にいるはずです。そこへは川沿いにそって歩けば行けます」
「ありがとうございます。私たちはこれからブナの森へ出発したいと思います」
 アリアはお礼を言って立ち上がりました。リィとクルトも続き、
「お茶、ごちそうさまでした」
 ミラも頭をさげてから、慌ててあとを追いました。
 村の入り口には、村人が集まっていました。ウタカゼたちがやって来ると、
「小鳥さんたちを助けて!」
 先ほど助けたチロルが声を上げました。
 ミラが笑顔で手を振ると、チロルは恥ずかしそうに目を伏せました。
 ウタカゼたちは、ブナの森へ向かうことになったのでした。


【3】

 長に教えられたとおり、ウタカゼたちは川沿いの道を進んでいきました。さらさらと流れる川は、時々魚が跳ね、ミラの気持ちを高ぶらせました。
 ぽかぽかと暖かい光、やさしい風がミラの頬を撫で、まるで平和のよう。
 でも、村人たちは困っているのです。一刻も早くブナの森へ行かなくてはなりません。
 ウタカゼたちは、足早にブナの森へ急ぎました。
 そして、とうとうブナの森の入り口にやって来たのです。
「よし、行きましょう」
 アリアの言葉にミラとクルトはうなずきましたが、リィだけは、
「わたし、なんだか怖い」
 と首を振りました。
 すると、ミラがリィの手を握りました。そして、
「大丈夫。あたしがついてるから!」
 にっこり笑いました。
「ミラは、怖くないの?」
 リィの瞳が不安げにゆらぎます。
「怖いよ。でも、約束したんだ。かならず小鳥さんたちを助けるって」
 ミラはきっぱりといいました。
「行こう、ぼくたちはウタカゼ。選ばれし小さな勇者だ」
「リィ、自信を持って。あなたはひとりじゃないわ」
 クルトとアリアも、リィを励まします。
「みんな、ありがとう……」
 リィはうつむいていた顔をあげ、しっかりと前を見据えたのでした。

 さて、森へ入った四人のウタカゼは、はぐれないようしっかりと手を繋いで歩いていました。あまり日が差さない場所でしたから、辺りは薄暗く、何が起こっても不思議ではありません。
 不吉な風がザーッと吹き抜けます。飛ばされてしまわないよう、四人は木の陰に隠れてやりすごしました。
「思ったより、寒いわね」
 リィが腕をさすります。
「小鳥はどこにいるんだろう?」
 ご自慢のボウガンを掲げ、クルトが木を見上げました。
「鳴き声とか聞こえたらいいんだけど」
「そうね、何か手がかりがあったら、助かるわ」
 ミラの発言にアリアが同意しました。
 森が静かすぎるのです。
 虫の羽音、獣の足音、木の実が落ちる音、小鳥のさえずり。
 たくさんの音であふれているはずの森が、今は何も聴こえてきません。
「気を付けて、本当に何が起こるかわからないから」
 アリアの注意にミラが何か言おうとした時です。
 突然、クルトが「ふせろ!」と叫びました。 ぴゅっ!
 一本の矢が四人目がけて飛んできたのです。クルトのお蔭で他の三人は無事にかわすことができました。
 でも、矢は次から次へと飛んできます。このままでは身動きが取れません。
「まかせろ!」
 ご自慢のボウガンで、クルトは矢が放たれている方向目がけて発射!
 すると、しげみから二匹のリスが飛びだしてきました。
 くりくりとした丸い耳に、茶色くふさふさした大きな尻尾。
 リス族のようです。
 しかし、その目は赤く光っていました。
「悪しきものになっているんだ!」
 ミラが剣を抜きます。
 この世界には「悪意の精霊」と呼ばれる精霊がいます。彼らは悪意の塊です。その自らの悪意を植えつけることによって、まわりの善き動物たちを凶暴な「悪しきもの」へ変えてしまうのです。
「倒すしかないわ!」
 アリアも短剣を構えました。
 一匹のリス族が矢を放ちます。アリアはそれをかわして、切りかかりました。相手のリス族もぎりぎりのところで、アリアの攻撃を回避します。
「えい!」
 もう一匹のリス族目がけてミラは剣を振りおろしました。
 ところがミラの剣が届く前に、リス族は素早く動いて、木に登ってしまいました。
「待て!」
 すかさずクルトがボウガンを発射して、行く手を阻みます。
 リィも得意の横笛で応戦です。
 その音色にリス族たちは頭を抱えて苦しみはじめました。
 やがて、ぱたりと倒れて動かなくなってしまいました。
「良かった、倒せたわね」
 アリアはほっと一息つきます。
「大丈夫、かな?」
 ミラがリス族の元へ歩み寄りました。
 本来、悪しきものが倒されると悪しきものは気絶し、希望を失ってしまいます。そうなれば絶望した動物は命を落としてしまうのです。
 でも、ご安心ください。
 彼らはウタカゼです。
 ウタカゼには、悪しきものの心から悪意を消し去るとともに、生きる希望を与える力があるのです。
 ほら、倒れていたリス族たちが目を覚ましたみたいですよ。
 リス族たちの目は、元のくりくりとした黒目に戻っていました。
「わあ! 君たちはだれ? ぼくらは一体何をしてたんだろ?」
「そうそう、何をしてたんだろうっていうとね……」
 リス族は、とても早口で喋る種族なので普通に聞いていると、追いつくことはおろか、聞き取ることもできません。
「ちょっと、ストップ!」
 ミラとアリアが口をふさぎます。
 その間にリィとクルトが、ありったけの木の実を拾い集めてきました。
 リス族たちは嬉しそうに木の実をほおばります。こうすると、リス族はゆっくりと喋ることができるようになるのです。
 ウタカゼがここへ来たわけを話すと、
「いやあね、ぼくら王子と一緒に小鳥退治へ行くところだったんだ」
「最近森の小鳥たちが、伝書用のコガネムシを襲ったり、木の実を食い散らしてみんな困っていてさ。モゴモゴ」
「だから、王子が小鳥たちをこらしめるってでていっちゃったもんだから、ぼくらは慌てて追いかけたモゴ」
「そしたら、急に頭が痛くなってモゴゴ」
「君たちが助けてくれなかったら、どうなっていたことかモゴモゴ」
 リス族も交互に話をしてくれました。
「ねえ、良かったらあたしたちと一緒にいかない?」
 ミラが持ちかけると、
「そうね。大勢で行った方が心強いと思うわ」
 アリアと、
「腕がなるな!」
 クルトも賛成のようです。
 リィはというと、一人でもじもじしながら髪をいじっていました。
「よろしく、ぼくはレオン」
「ぼくはリオンだ」
 リス族とウタカゼは握手を交わしました。

 さあ、いよいよ小鳥退治の始まりです。
 はたしてミラは無事に、任務を終えることができるのでしょうか?


【4】

 四人のウタカゼとリス族たちは、リス族の王子が向かったという小鳥の巣を目指しました。
 レオンとリオンに案内され、四人は森の中を迷うことなく進むことができました。
「こっちだモゴよ」
 レオンが手招きをします。
 しげみからそっとのぞいてみると、
 ピイピイ! ばさばさばさっ!
 小鳥たちが巣のまわりを飛びまわっています。やはり、赤い目をしていました。小鳥たちは悪意の精霊に蝕まれていたのです。その巣から、大きな尻尾が見えました。
 リス族の王子です。
 立派な弓を持っていましたが、小鳥たちにつつかれたり、突進されたりと手も足も出ません。
 このままでは、王子の身が危険です。
 ミラはしげみを飛びだそうとしました。でも、彼女の腕をアリアがつかんで止めました。
「落ちついて! 大丈夫。作戦があるわ。まず、クルトとリィで小鳥たちの注意をそらして。その間に、私とミラはレオンとリオンの助けを借りて木に登る。それで、王子を保護しましょう」
「わかった」
「まかせてよ」
 リス族の二人が承諾しました。
 作戦開始です。
 クルトがボウガンを放ち、リィは横笛の音色で小鳥たちを鎮めます。
 明らかに小鳥たちは笛の音を嫌がっているようでした。
「もう少しだ」
 ミラは歯を食いしばって、木の幹にへばりつきます。アリアも懸命によじ登り、やっとのことで巣へとたどりつきました。
「王子!」
 リオンがちょろちょろっと駆け寄ります。
 王子の服はやぶけ、毛並もぼさぼさでケガもしていました。
「すまない……」
 王子が喋りだしましたが、早口すぎてミラとアリアには何といっているのか、わかりませんでした。
 レオンが事情を話すと、王子はアリアの方を見て口を動かしました。どうやらお礼を言っているようです。
 その様子にミラは少しほっとしました。
 ところが、それもほんの束の間。
「きゃああー!」
 リィの悲鳴です。
 音色を振り切った小鳥たちに、集中攻撃を受けています。
 クルトが追い払おうと躍起になっていました。
「早く、王子を安全なところへ」
 アリアは短剣を抜きました。
 レオンとリオンが王子を支えて、歩き出します。
 ミラが剣を抜いたところで、小鳥たちが戻ってきました。
「やあ!」
 アリアの一撃が当たり、一羽の小鳥が後退します。
「えーい!」
 ミラも負けじと剣を振ります。
 でも、やっぱりあたりません。
 何回も何回もミラは剣を振りましたが、空を切る音がするだけでした。
「どうして、あたんないの?」
 ミラが顔を曇らせ、うつむきます。
「ミラ、危ない!」
 アリアの声にハッと振り向くと、小鳥がミラに向かって突っ込んでくるではありませんか!
 ミラはぎゅっと目をつぶりました。
 アリアが動いてミラを抱き留め、枝の上を転がります。そのおかげで、ミラはかすり傷程度ですみました。
 でも、
「ううっ」
 アリアはそうではないようです。足を押さえ、震えています。とても痛そうです。
「アリア!」
 青ざめた顔でミラはアリアを見ました。
(どうしょう……!)
 ミラの目から、今にも涙がこぼれそうです。
「泣かないで、ミラ」
 アリアがミラの目を真っ直ぐに見つめています。
「約束したんでしょう?だったら、簡単にあきらめちゃだめよ。私たちはウタカゼ。小さな勇者、ウタカゼなのよ」
 ミラは出発する前に、師匠から言われた言葉を思い出していました。
(そうだ、あたしはウタカゼ。みんなの心に希望と勇気を与える。こんなところで、くじけちゃだめだよね)
 ミラは剣を強く握りしめ、立ち上がりました。
 木の下でもクルトやリィが必死で戦っています。
(心にいつも希望を宿す)
 ミラはしっかりと標的を見据え、構えました。
 小鳥たちがミラへ向かってきます。
「えい!」
 ミラの一撃が当たりました。喜んでいる場合はありません。次々と小鳥は戦いを挑んでくるのですから。
(しっかりと足を踏ん張って、敵から絶対に目を離さない)
 それでもミラはめげずに戦いました。
 どうにか最後の一羽にまで数が減りました。でも、ミラはもう疲れ切っていました。
 はあはあと息も荒く、足取りもふらふらとおぼつかないようでした。
(もう少し……)
 ミラの意識が一瞬遠のきます。ぐらりと彼女の身体がゆらいだところへ、小鳥が攻撃をしかけてきました。
 その様子にアリアは息を呑みました。
「ミラ!」
 思わず顔をそむけます。
 ぴゅっ!
 一本の矢が小鳥めがけて放たれ、小鳥は矢をかわすために旋回しました。
 レオンとリオンに支えられながら、リス族の王子が援助してくれたのです。
「いけ、ミラ!」
 ミラは再び立ち上がり、剣を構えます。
 そして、
「やあー!」
 思いっきり跳躍して、標的に向かって剣を振りました。

 しばらくして、小鳥たちは目を覚ましました。赤かった目は元の色に戻っていました。

 ウタカゼたちはというと、リス族の王宮にいました。王子を救出し、見事小鳥退治もしてくれたとのことで、ごちそうが振る舞われました。
 色鮮やかな衣装を着た踊り子たちが、軽やかなステップで舞います。
 ミラは、リス族特製のはちみつたっぷりの焼き菓子を口いっぱい頬張っていました。
 それはそれは、幸せそうな顔で。

 どこからか、小鳥のさえずりが聴こえてきました。
 悪意の精霊から助けてくれたウタカゼたちへ、お礼の歌をうたっているのかもしれません。

“ぼくらはウタカゼ
 みんなに希望を与える小さな勇者
 忘れないで
 どんな時でも心に希望を宿すことを”

〈おしまい〉