■ウタカゼミニノベル『失われた龍の伝説』

作:未旅 翔

 穏やかな風が吹き、青々と生い茂った草花が揺れる、想いがかたちをなす大地。
 その広大な大地の一角にある歌風の龍樹のもとを小さな種族、コビット族の中でも特殊な力を持ったウタカゼと呼ばれる者たちが拠点として生活していた。
「くぁーあ、暇だなぁ」
 ウタカゼの少年、リントは生活の場と周囲の茂みを隔てる柵の近くを女友達のアルンと歩きながら、あくびをしてぼやいた。
「暇なのはいいことじゃない。私たちに周りの人から助けてほしいって届けがこないってことは、平和だってことでしょ?」
 アルンがリントを咎めるように言う。
「いや、でもさぁ、僕はこう、もっとスゴイことがしたいんだよね。例えば、他のコビット族たちが持ってない歌風の力をどうして僕たちが持っているのか調べる、みたいな」
「そんなの私たちが選ばれたからよ。変なこと考えてないで外に木の実取りに行くわよ」
 歩みを止めて力説するリントの言葉をバッサリと切り捨てたアルンは背中のカゴを背負い直して、やる気のない彼を促した。
 とそんなことをしていた二人のもとに、拠点の中心の方から一人の少年が走ってやってきた。
 二人の友人、ウェンだ。
「はぁはぁ、探したよ、二人共。今しがた、助けを求める、届けが来てね。はぁ、何でも、あの『伝説の龍が出たから助けてくれ』ってことらしい。はぁ」
 走ったせいで乱れた呼吸を整えながらウェンが、来た届けの内容を知らせる。
 それを聞いて、リントは飛びついた。
「その話本当か! 龍って言えば、僕たちに歌風の力を授けてくれた、あの龍のことだろう? 面白い。その届け、僕たちで受けよう!」
「ダメよ」
 アルンが言葉少なに断りを入れた。
「どうして? もしかしたら、僕たちが歌風の力を持っている、本当の理由が分かるかもしれないんだよ?」
 しかし、リントは食い下がらない。なんとかアルンを説得しようとする。
「それでもダメだわ。そもそも、そんなの理由になってないし、だいたい、その人たちが、あの龍を見ているはずがないじゃない」
「でも、僕たちが見た、あの龍だけが、この世界にいる龍とは限らないじゃないか」
「リント! それは、あまりにも危険な考えよ。とにかく、私は反対」
 アルンはリントの説得むなしく、断固反対の意思を見せた。
 龍は、ウタカゼたちにとって特別な存在だ。
 「龍さがし」と呼ばれる試練を受けて、ウタカゼは自分を守護する龍に出会い、はじめて、歌風の力を手に入れ、普通のコビット族とは異なる髪と瞳の色へと変わる。
 つまり、ウタカゼは「龍を見た」ことにより、コビット族からウタカゼとなった。
 その龍とは異なる龍が、この世界に存在し、その異なる龍を見た人達がいる…………アルンはその点に危機感を抱いたのだ。
「じゃあ、アルンは行かなければいい。僕たちは他のやつと一緒に届けがあった場所に行くからな」
 アルン同様、断固として自分の考えを譲らないのは、リントも同じだった。
 リントがウェンを引き連れ、文句を言いながら出かける用意をするのに自分たちの家の方に向かう。
「ちょっと! …………もう! 私も行くわよ! 行かせていただきます!」
 アルンはリントの他のやつと行くという言葉にモヤモヤとした気持ちになって、すぐに二人のあとを追った。

「ここが伝説の龍がいる場所かぁ。随分と普通なんだな」
 支度をすませた三人は届けのあった場所に行き、一通り話を聞いてから龍の出るという石造りの遺跡に来ていた。
 遺跡の内部は壁画しかなく、これといったものがなかったので既に外に出てきている。
 壁画には、ウロコで覆われている胴の長い、頭に角を持つ大きな生物――遺跡の周囲に暮らす人々が言う龍の姿が描かれていた。
「普通っておかしくない? 龍がいるんだよ? 全然普通じゃないじゃないか」
 自分の体を抱き、ウェンが身震いをする。
「でも、話を聞いた限りだと、そもそも龍の目撃情報はなかったじゃない。畑が大きな何かに荒らされた跡があったりとか、この遺跡から地を這う音が聞こえたりとか、そんなのばっかりよ」
 ウェンを落ち着かせるためか、アルンは聞き込みで得られた情報をまとめて、彼に言った。
「それを確かめて、解決するのが僕たちの役目だろ。ついでに歌風の力の謎を確かめるのも。さ、遺跡の中に入るぞ」
 事前情報なんてどこ吹く風といった感じでリントが遺跡の入口に向かう。
 その時、遺跡内から微かな息遣いの音が聞こえた。
 それは大きなものが地を這う音と共に、リントたちのもとに徐々に近付いてくる。
「おいおい、中に入る前からお出ましか? せっかちな龍だな」
 リントが背中に背負っていた大剣を手に取り、正眼で構える。
 続いてアルンがボウガンを構え、ウェンが槍を構えた。
 臨戦態勢が整う。
 そして、遺跡の入口を壊すように、中から見上げるほど大きく、体の長い生物が現れた。
 全身が茶色い鱗に覆われ、目はらんらんと紅く光り、大きな口からは火のように真っ赤な舌がチロチロと覗いている。
 その姿を見て、アルンが叫んだ。
「あれは、龍なんかじゃない! 蛇よ!」
「はぁ? 蛇? そんなことあるわけないだろ。あんな大きな蛇がいるわけないじゃないか」
 アルンの言葉にリントが突っかかり、ウェンも便乗するように「そうだ、そうだ」と小さな声で言った。
「でも、あれは確かに蛇よ。私、あの種類を見たことが――」
 そこまで言ったとき、巨大な蛇はアルンに牙を向け突っ込んでいった。
 間一髪それを横に転がって避け、言いかけた言葉を続ける。
「同じ種類のやつを見たことがあるの。でもここまで大きくなかった。いったい、どうして」
「結局、この世界に、僕たちの知らないことなんて、たくさんあるってことじゃないか」
 アルンの言葉を続けるようにリントが言った。
「でも、こいつは僕たちが見た龍じゃない」
 たしかに目の前の蛇は大きかった。
 遺跡の壁画の鱗だらけの生き物とよく似ており、人々が龍と間違えるのもよくわかる。
 しかし、この蛇は龍ではない。あのウタカゼの前に姿を現した龍の姿とは似ても似つかない。ただの大きな蛇だった。
 巨大な蛇は三人を逃がさんとばかりに自分の長い体を使って、三人を囲った。
「ね、ヤバイよ。どうしよう」
 ウェンが槍を抱きかかえ、怯える。
「どうしようったって、戦う以外どうしようもないだ、ろっ!」
 言葉尻で襲ってきた蛇の牙をリントは大剣で受け止めた。
「くっ! 流石にヤバイ! 見てないで助けてくれよ!」
 リントのその言葉に反応し、アルンがボウガンを構えて蛇の目の辺りを狙い打つ。
 直接目には当たらなかったが、蛇は顔をしかめて片目をつぶり、リントから顔を遠ざけた。
 蛇が鎌首をもたげ、大きく口を開く。
 その牙から、ぽたりぽたりと液体のようなものが滴り落ちた。
「あれは恐らく毒よ。気をつけて」
 ボウガンを構えながら、アルンが注意を促す。
「そんなこと言われたって、逃げ場がないんだから困るよ」
 ウェンは未だにビクビクとしながら、しかし、しっかりと槍を構えた。
「目の辺りを攻撃しよう。そうしたら、なんとかなるはずだ」
「了解よ! 任せなさい!」
 アルンが素早く動き、蛇を翻弄してから開いている方の目に向かってボウガンを放った。
 またも目の近くに当たり、蛇が痛みで顔を下ろし、両目をつぶった状態になる。
「よし! 両目をつぶったわ! これで――」
 言いかけたとき、蛇は牙を剥いてアルンに襲いかかった。
「アルン!」
 リントが重い大剣を捨て、アルンのもとに走る。
 間一髪で間に合い、リントが両手両足を使って蛇の口を抑える形になった。
「リント!」
「大丈夫だ! でも、早くなんとかしてほしい!」
 蛇が徐々に力を込めているのか、リントがだんだん顔をしかめていき、体を曲げていく。
「なんで、目が見えないはずなのに襲ってきたの? 意味が分からないわ」
 突然のことに腰の抜けてしまったアルンはリントを助けることができない。その時、
「あれは恐らく匂いとかで僕たちの位置を確かめているんだ」
 怯えていたウェンが前に出てきた。
「蛇は舌を使って匂いを取り込み、相手の位置を確かめるんだ。それと、唇のところに相手の熱を感じる器官がある。それで僕たちの位置を特定したんだと思うよ」
 説明をしながら、ウェンが槍を構えた状態で蛇に近付いていく。
「怖いけど……怖いけど、リントを助ける!」
「ありがとう、ウェン。でも、助けるなら早く助けて」
 そろそろ限界といった表情でリントがウェンに告げる。
「あっ、あぁっ、ごめん! えっと、そのまま押さえててね!」
 そう言って、ウェンは槍で蛇の唇と舌を突いた。
 蛇は痛みで顔を離し、またもや鎌首をもたげた状態になる。
「ふぅ、ようやく手足が自由に動かせるようになったよ。じゃあ、こっから反撃開始だ」
 リントは手足を回してから、落とした大剣を拾い、正眼に構えた。
「よし、行くぞ!」
 瞬間、リントは大剣を引きずるようにして走り、蛇の体に大剣による一撃を加えた。
 さらに一撃、もう一撃と加えていく。
 そして、下りてきた蛇の頭に体重を乗せた一撃を加えた。
 その一撃が決め手となったのか、蛇はぐったりと倒れ、動かなくなってしまった。
「え? まさか、殺しちゃったの?」
「物騒なこと言うなよ。忘れたのか? ……僕たちはウタカゼなんだぜ」
 慌てるように聞いてきたウェンに、リントは疲れて座り込みながら答えた。
 ウタカゼの武器は、敵の命を削るために振るわれるわけではない。ウタカゼの武器は、敵の悪意を消し去るために振るわれるのだ。
 生き物たちの悪意を消し去る力。
 ……それが、龍から授けられた歌風の力。
「一応、これで助けてって届けは達成かしら。多分、この大きな蛇も目を覚ましたら、普通の大きな蛇に戻るはずだから」
 アルンがリントに近付き、擦りキズなどの手当てをし始める。
「いくら、悪意が消し去られたっていっても、普通の大きな蛇ってだけでも、ゾッとするけどな。じゃ、歌風の龍樹に帰ろうか」
「もう、まだそんなこと言ってる。本当に呆れるわ」
 リントの言葉にアルンはため息をついた。
「……でも、助けてくれたとき、かっこよかったよ。ありがとう」
「あっ、いやっ、あれは、たまたま転んだ拍子にというか、なんというか」
 素直なアルンの感謝の言葉に、リントは照れて頬を人差し指でかきながら誤魔化す。
「あのさ、僕も助けたのに、お礼言われてないんだけど」
 小さく挙手をしながらウェンがリントに言った。
「あぁ、ごめん、ごめん。ありがとう、ウェン助かったよ」
「へへ、まぁね」
 リントからお礼を言われ、ウェンは照れながら頭の後ろをかいた。
「さ、もう大丈夫だから、帰ろう」
 立ち上がったリントが二人を促して、歌風の龍樹のもとへ向かう。
 穏やかな風が吹き、彼らの背の高さほどもある草たちがさわさわと揺れた。

〈おしまい〉