■ウタカゼミニノベル『お祭りの前に』

作:伊東未来

 さわさわと気持ちのいい風がウタカゼの特徴である色とりどりの髪の毛を撫でて通り抜けていく。
「気持ちがいいねえ」
 龍樹の根元で栗色の髪に茶色の瞳の彼女が言う。隣に座った金色の髪に青色の瞳の彼は静かに頷いた。
「ノエ、イサラ。お師匠さまが呼んでいるわ」
 2人の元に銀色の髪に紫色の瞳の彼女がやってくる。
「あ、キルカ~。今日は風が気持ちいいよ~」
 ノエと呼ばれた栗色の髪の少女はのほほんと手を振った。その横でイサラと呼ばれた金色の髪の少年は呆れた顔をしている。
「お師匠様に呼ばれているのよ? 後になさいな」
 キルカと呼ばれた銀色の髪の少女はノエに手を差し伸べた。


「コルンの村でね、もうすぐお祭りがあるの。それでお祭り用にハチミツと山ブドウを分けてほしいって村長さんにお願いされてね」
 3人の前で、師である女性が言う。
「それであなたたちにコルンの村までハチミツと山ブドウを届けてほしいのよ」
「それだけですか?」
 キルカが不思議そうな顔で尋ねた。師の表情は硬く、ただ届け物をするだけの仕事ではなさそうだった。
「……実はね、村の近くで異様な姿をした悪意の精霊が目撃されているらしいの。詳しいことは分からないけど念のために、ね」
 師は困った顔で3人に告げた。それからニコリと笑って言う。
「荷物と運搬の手伝いをしてくれるウサギ車を近くに用意させてあるわ。早めに届けてあげてね」
 師が言った通り、龍樹を出てすぐのところでウサギ車が待っていた。
「あ、ベリィ! 久しぶりだねえ」
 ノエがオレンジの毛並の乗りウサギに近づき頭を撫でる。ベリィも気持ちよさそうにノエの手に頭をこすりつけた。
「ノエ、置いてくわよ」
 すでに乗りウサギに乗っていたキルカが声をかける。その後ろでイサラが乗りウサギに乗ったままノエの方を窺っていた。
「あ、待って待って~」
 ノエは慌てた様子でベリィの背に乗った。


「やっぱり今日は、風が気持ちいいねえ」
 ベリィの背に揺られるノエがのほほんと言う。その横で同じように白い乗りウサギのシャルに乗っているイサラが気持ちよさそうに目を細めていた。
「ノエはいつも呑気ねえ。いつ悪意の精霊が現れるかもわからないのに」
 黒い乗りウサギのユッカに乗ったキルカが呆れた顔をする。
「え~、だって気持ちいいんだもん。こんなに気持ちいい風が吹いたの、いつぶりかなあ」
『ねえ?』と、ノエはベリィに声をかけた。
 そのとき、道の右側の草むらが音を立てて揺れる。いち早く気付いたイサラが乗りウサギを止め、地面に降りて草むらを睨みつけた。彼の乗りウサギも落ち着かない様子で後ろ足をたんっと踏み鳴らしながら辺りを回っていた。
「イサラ?」
 彼の様子に気づいたノエとキルカも、乗りウサギを止めて様子を窺いはじめた。
「……くる」
 イサラがそう呟いた瞬間、草むらから1匹のアライグマが飛び出してくる。アライグマは気が立っているようで3人に向かって威嚇してきた。
「どうしたのかしら?」
「もしかしてお腹がすいているのかなあ?」
 顔を見合わせるキルカとノエ。その間にアライグマは3人に飛びかかってくる。
「……っ!」
 イサラが大剣を取り出してアライグマの攻撃を防ぐ。ガキィンッ、と刃と爪のぶつかる音が響いた。
「イサラ!」
 キルカが懐から投げナイフを取り出しアライグマの方に投げる。しかし感づかれたアライグマに弾き飛ばされてしまう。
「……アライグマさんごめんなさいっ!」
 いつの間にかアライグマの後ろに来ていたノエが、手に持っていた剣を振り下ろす。アライグマはそれを避けられずに頭に一撃を受け、あたふたと後ずさる。
「良かった。どうやら、私たちがウタカゼだってことに気づいたみたいね」
 両手で頭のこぶをなでながら、申し訳なさそうに眉根を寄せるアライグマを見て、キルカがほっと安心して言った。
「……アライグマさん、大丈夫ですか?」
 ノエがアライグマの様子を窺うように覗き込む。
「このアライグマって、コルンの村の近くにいた子じゃないかしら? どうしてこんなところに……?」
 キルカがイサラに疑問をぶつける。しかしイサラも分からないらしく首を傾げていた。
「あ、気が付いたみたい」
 ノエがそう言ってキルカたちの方に振り向く。
「アライグマさんに何があったのか聞いてみるね~」
 彼女はそう言うと再びアライグマの方を向き、〈心話〉を試みる。
「ふむふむ……」
「アライグマは何て?」
 1人で頷いているノエにキルカが尋ねる。
「このアライグマさん、本当はコルンの村の近くに住んでいたんだけどね、最近出るようになった悪意の精霊に住みかを追われちゃって……。それで食べるものもなくなって困ってたんだって」
 悲しそうな顔でノエは言った。
「その悪意の精霊ってお師匠さまが言ってたヤツかしら。ノエ、どんな特徴があるのか聞いてみて?」
「うん……。……あのね、コビット族みたいな姿なんだけど、頭がカボチャなの」
 身振り手振りを加えながらノエが話す。彼女の話に耳を傾けていたイサラは何か思いついたようにポン、と手を叩いた。
「どうしたの~? イサラ?」
「……ジャック・オー・ランタン」
 不思議そうに様子を窺っていたノエにイサラが呟くように答えた。その声に納得したようにノエとキルカはうなずいた。
「村に急ごう」
「うん。急がないと」
 そして、3人は自分の乗りウサギに次々とまたがり、乾いた草が風に揺れ、ざわざわと音を立てる草むらを駆け抜けていった。


「思ったより早く村に着きそうだねえ」
 ニコニコと笑うノエとは対称的にキルカは浮かない顔だった。
「本当にいるとしたらこの辺りのはずなんだけど……」
 そう呟くキルカの横でイサラも難しい顔をしている。そのとき、キルカの耳にケタケタと笑う声が聞こえてくる。
「来た!」
 言うが早いか、キルカは乗りウサギから飛び降り、投げナイフを構えた。続けてイサラとノエもそれぞれウサギから降りて武器を構えた。ケタケタと笑う声は段々と大きく、そしていろいろな方向から聞こえてくる。
「囲まれた!」
 叫ぶように言ったキルカは、周りに見えるかぼちゃ頭に狙いを定める。しかしナイフは当たることなく地面に落ちていった。
「どうして!」
「落ち着いて、これは《幻惑》だ」
 悲鳴を上げそうになるキルカをイサラがなだめる。そして目を回しかけているノエに声をかけた。
「ノエ、アイツの笑い声を聞いちゃダメだ。歌を思い出すんだ」
「うた?」
「心のなかに流れる、本当の歌を」
 ノエはイサラの指示に戸惑いながら頷くと、ジャック・オー・ランタンの笑い声を心から追い出し、代わりに心のなかで歌を奏でた。まるで、心が悲しみに覆われたときに、楽しかったことを思い出すかのように、ノエは瞳を閉じて、ゆっくりと歌を奏で、その旋律で心を満たしていく……。
 ノエは瞳を開けた。
 ――あんなに大勢だったジャック・オー・ランタンは、1人になっていた。
 ジャック・オー・ランタンは1人で踊り、1人で笑い、そして、1人で狂っていた。その光景を、ノエは心から「可哀想だ」と思った。
「……ありがとう。イサラ。私はもう大丈夫」
 ノエは手の中の剣を握りしめる。
 どうやら、キルカも歌を想い出し、《幻惑》から目覚めたようだった。
「今だ、行くぞ」
 イサラはそう言うと大剣を手にジャック・オー・ランタンに向かっていく。キルカも投げナイフを構えイサラを援護するように戦いはじめた――。


「何とか悪意の精霊を退治できて、本当によかったねえ」
 乗りウサギの上で、あいも変わらずのほほんと話すノエ。それを横目に見ていたキルカは眉間にしわを寄せた。
「結局ノエはあのあと一度も攻撃できなかったわね」
 キルカの刺々しい言葉にノエはえへへと笑った。
「……でも、ノエらしいと思う、よ」
 イサラがポツリと言った言葉にノエは『ありがとう』と返した。
「……今日はよくしゃべるわね、イサラ」
 不思議そうな顔でキルカが言った。それにイサラは首を傾げる。
「いつもしゃべってる、けど」
 イサラの様子にキルカはさらに口を開こうとするが、その前にノエのはしゃいだ『あっ!』という声にさえぎられてしまう。
「ねえねえ、村の人が手振ってるよ~!」
 そう言ってノエは手を振りかえした。キルカはノエの様子に呆れた顔でため息を1つつくと、同じように村に向かって手を振った。
 コルン村のお祭りはすぐ近くまできていた。

〈おしまい〉