■ウタカゼミニノベル『これからの君たち』

作:小川翔梧

 歌風の龍樹にある訓練場には、7人のコビット族の姿があった。
「よし、みんな集まったな」
 清々しい朝の日差しを浴びながら、ひときわ貫録のある女性が口を開く。
「おまえたちにはこれから、この3人組と森へ行ってもらう」
 彼女――ウタカゼの師のセリネからウタカゼ見習いたちに紹介された3人は、それぞれ三者三様の反応を見せた。
 金髪の少女メティアは「いやあ」と照れ。
 赤髪の青年コペルは胡散臭い微笑みを浮かべ。
 青髪の青年リックは面倒そうにため息。
 そんな彼らの様子を見て、セリネは頭痛を起こしたように頭を押さえた。
「……まあこんなやつらだが、これでも立派なウタカゼだ。学ぶこともあるだろう。とりあえずは、森で木の実を集めてくることを課題としよう」
 こうして、見習いのための合同演習が始まったのだ。
 しかしこの合同演習、見習いたちからしてみれば、ただの地獄でしかなかった。
 これは森の道中でのことである。
「ねえねえ、君たちって、正式なウタカゼになっても一緒のチームで冒険したいと思ってる? そっかあ。ボクたちはいつも同じチームで冒険しているんだ。えっ、分かる? やっぱり分かっちゃうかあ。これでもボクとリックは3年間ウタカゼをやっててね。ああ、でも、メティアは、つい最近一緒のチームになって冒険したばかりなんだけどね」
 と、荷車を引きながら延々語りかけてくるコペルに、槍を背負った少女は同様に荷車を引きつつ苦笑を返すことしかできず、
「あ、あの先輩? 質問が――」
「今本読んでんだからちょっと黙ってろ」
「…………はい」
 と弓を背負った少年の発言はリックによって封殺。
 そして最後の少女は、
「あ、あなたはー、わたしとー、あいーっ」
「違うよ! そうじゃなくて……あなたはー、わたしとー、愛ーっ♪」
 竪琴を手にメティアオリジナルの歌を歌わされ続けていた。


 結局、実のなる木々のもとには、なんの苦難もなく辿りつけた。
「そんじゃ手分けして木の実を集めるか」
 リックがパタンと本を閉じて、だるそうに1本の木へと歩み寄る。彼の見上げる木になった実は、彼らコビット族にとっては一抱えほどもある。
「……はい」
 見習いたちも渋々彼にならう。
 そこでコペルがポンと手を打った。
「あっ、そうだ。せっかくだから君たちとボクらで勝負しようよ。どっちが木の実を集められるか」
「競争? 楽しそうね!」
 メティアが子供のような笑みを浮かべて賛同し、
「わ、分かりました」
 と槍を手にした少女が愛想笑いで答え、木の実集めの勝負が始まった。
 始まったのだが。
「じゃあリックは木の上の実を落として。ボクが拾うから」
「あーあー、分かったよめんどくせえ」
 リックが投げナイフで的確に実の柄を切り落とし、それが地面に落ちる前にコペルが素早くキャッチ。すぐさま荷台へ乗せる。ふたりは息の合った連係で次々に木の実を集めていく。
 対する見習いたちは落ちている実を拾い集めるが、彼らの顔は一様に不機嫌だった。
「――ていうかなんであんな人たちがウタカゼになれたのよ。意味分かんない」
 槍の少女がぼやく。
「シーッ、先輩たちに聞こえるよ」
 と弓の少年がいさめるが、
「歌、恥ずかしかった……」
 と琴の少女は涙目だ。
 彼らの胸には不満ばかりが募っていく。
 ちなみにメティアは実を集める勝負だというのに終始音を外した間抜けな歌を歌い続けていた。
「はーい、50個いったよー」
 見習いたちが振りかえれば、ウタカゼたちの荷車にはたくさんの大きな実が芸術的な形で積み上げられていた。
「これはボクたちの勝ちかなー?」
 コペルがニヤニヤといやらしい笑みを見習いたちへ向けてくる。
 そこでついに槍を手にした少女が我慢の限界を迎えた。
「ああもう、なんでわたしたちがこんな木の実集めなんてしなきゃいけないのよ!」
 彼女は怒りにまかせて木の1本を蹴りつけた。木の枝に止まっていた鳥たちは驚いて一斉に飛び立ち、いくつかの木の実がごとごとと落ちてきた。
 それは見習いたちの真上からも降り注ぎ――
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
 ――誰も怪我をしないまま終わった。
「……えっ?」
 彼らが頭上を仰ぐと、そこにはコペルの姿があった。彼が風のような速さで見習いたちの元まで辿りつき、落ちてくる木の実を曲刀で弾いたのだ。
 それだけではない。コペルが弾き損ねた実は、遠くのリックがナイフで木の幹に縫いつけていた。
「す、すごい……」
 驚く弓の少年。
 槍の少女は少しの間ポカンとして、それから、
「わたしにだって、これくらいできるわ!」
 と口を尖らせた。
 そのとき、
「危ない! 上を見ろ!」
 リックの一言で上を仰ぎ見た一行は、1羽の黒い鳥がバサッという音とともに自分たちのほうへ急降下してくるのを見つけた。
「カラスだ!」
 誰が叫んだのか、その声と同時にウタカゼと見習いたちは散り散りに走る。彼らが先ほどまでいた場所を、カラスのくちばしが綺麗な弧を描いて通り抜けた。
「なんでカラスが……」
 怯える琴の少女。
 ところがメティアは、
「きっと寝ていたところを起こされたのね。機嫌が悪いみたい」
 と緊張感の欠片もないゆるゆるの声音で状況を分析する。
 カラスはカァッと鋭く鳴くと、再び急降下の構えを見せた。
 みんなが思わず武器を手にとるなか、メティアは「任せて」とひとりだけ一歩前に出た。
 そして、静かに口を開く。
「~~♪」
 瞬間、コビットたちだけでなく、カラスまで息を呑んだ。
 言葉になっていない彼女の歌声は不思議な音色で、みんなの心へ自然に入ってくる。
「この歌……どこかで聞いた気がする」
 琴の少女の言葉は、他のコビットたちの気持ちを代弁していた。
 それはきっと、メティアが作った歌ではない。木々の葉擦れの音、あるいは小川のせせらぎ、あるいは鳥たちの鳴き声……これはそういった人を包み込む、いつもは気にもしないような当たり前の音を誰かに伝えようという心が生んだ歌なのだ。
 リックがボソッと呟く。
「あいつ、なにも考えないで歌ってるときはあんなに歌うまいのに、なんで普段は音痴なんだ……」
 それはウタカゼたち3人組にとっての共通の謎だった。
 メティアは一通り歌い終えたあと、カラスへ語りかける。
「眠りの邪魔しちゃってごめんね。もう騒がしくしないから」
 それを聞くとカラスはカァカァと鳴いて、少しその場に止まり、それから2回彼らの頭上を回るとどこかへ去っていった。
「これが、ウタカゼの実力……」
 弓の少年が、小さく声を漏らした。


 結局勝負はつかなかった。というのもカラスの騒動で荷台に積んだ実がバラバラと落ちてしまったようで、拾い集めてみればもうどれが誰がとった実かも分からなかったのだ。
 彼らは荷車いっぱいに木の実を積んで、訓練場へと帰ってきた。
 日も傾きだした赤い空の下、朝と同じ訓練場でウタカゼの師セリネはうんうんと頷いた。
「ちゃんと木の実を集めてきたな。森はどうだった?」
「ウタカゼの人たちがちゃんと指導してくれませんでしたー」
「……ほう?」
 槍の少女が告げ口にセリネはニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、コペルとリックが冷や汗をたらす。
「なかなか仲良くしてくれたようでなによりだ。それではこれで合同演習を終わりとしよう。ウタカゼ3人はあとで話があるから、私の部屋まで来るように」
 ひぃっ、と竦みあがる男ふたりを一瞥してから、セリネはパンパンと手を叩いた。
「それでは、解散」


 訓練場からの帰り道、ウタカゼたちは見習いに呼び止められた。
 代表としてだろうか、槍の少女が前に出る。
「先輩。今日一日先輩たちを見ていて、やっぱり実力だけはすごいなと思いました」
「だけはって……」
 コペルの苦笑に、少女は不敵な笑みを返す。
「なのでわたしたち、先輩たちを超えることにしました」
「へえ?」
 リックが読んでいた本をぱたんと閉じて、少し興味ありげな反応を示す。
「おまえらにできんのか?」
「や、やります! ぼくたち、先輩よりすごいウタカゼになります! 負けませんから!」
 弓の少年はがちがちに緊張したまま、それでも立派に宣戦布告をしてみせた。
 そして琴の少女は、
「今度、あの歌を教えてください」
「えっ、今教えてあげるよ? あなたはー♪」
「そ、それじゃなくて!」
「?」
 メティアに願いは伝わりそうになかった。
 ただ、
「うん、そうだね。また今度一緒に歌おう?」
「はい!」
 機会はまだまだありそうだ。


 そんな彼らの様子を、セリネは遠くからひとり眺めていた。
「やはりあの3人を選んだのは正解だったな」
 と少し満足げに微笑むセリネ。
「ただやはりクセが強いというのはあるのだろうが、それにしても先輩らしくはないというか、見ていてもどかしいものがあるな」
 彼女はふう、とひとつため息を吐いて、
「私が引退するまでには、立派なウタカゼの師になっていてくれよ」
 と彼らの成長を見守るのだった。

〈おしまい〉