■ウタカゼミニノベル『リッツの冒険談 ―風鳴き谷に眠る楽譜―』 作:蜂飼葉弧  僕たちはウタカゼ。  ウタカゼの師から使命を受け、悪意に立ち向かう希望の勇者。  想いがかたちをなす大地で、今日も僕たちは希望を掲げて使命に出るのだ。 ♪  僕の名前はリッツ。最近ウタカゼになったばかりの新人。  新人だけど、初めての使命で悪意の精霊を倒すことができたんだ。  普通、初めての使命の敵は、悪意に染まった獣や鳥の悪しきものなんだけど、僕の時には悪しきものはすでに悪意の塊、悪意の精霊へと変貌していたんだ……。  その悪意の精霊を初めての使命で倒した成果がウタカゼの師たちからとても評価されている、らしい。  ……でもそれ以来まだ僕に使命が来たことはない。  悪意の精霊を退治したのが問題だったのかな……新人なのに目立ちすぎたのかな……?  考え事をしながら、訓練場でちょっと苦手なボウガンの練習をする。遠くの的を、あの時会ったかぼちゃ頭だと思って狙いを定め……当たらない。 「はぁぁ……」  使命がないのは良いことだ。この世界が平和なのだから。  でも暇だ。何かいいことはないだろうか。 「……はあぁ……ん?」  ため息をつく僕の肩に、ツタエバチが止まった。誰かが僕宛に手紙を書いたらしい。  送り主は、僕たちを担当するウタカゼの師、セント師だ。  内容は、たった一文だけ。 『今すぐ俺の部屋に来い』  ……何故か命令形。いや、僕たちに課せられる使命は、どんな使命でも断らないんだけどもさ。  一体どんな使命なんだろう。今度はどんな所に行って、どんな出会いがあるんだろう。 ♪  ……そう、思わずわくわくしてしまっていた僕だけど、師の言葉で思いっきり首を捻った。 「宝探しぃ?」  僕の担当をしてくれているウタカゼの師が頷く。 「そう、宝探し」  緑色の長い髪と、大きなベレー帽。僕らのウタカゼの師、セント師だ。身なりはちょっと変わっているけど、学者としても活躍しているウタカゼの師だ。  この人の研究専門は大きな人々の時代の解明。かつて大きな人たちが住んでいた遺跡を発掘して、その文明を日々研究している。  えぇっと、大きな人々というのは、かつてこの世界に文明を築いていた、僕たちよりもずっとずっと大きな姿をしていた種族。だけど、悪意の精霊によって悲しみと憎しみのなか滅んでしまった人々だとセント師が授業で言っていた。  セント師は著書も多く、『大きな人々は何故滅んだ』とか、『季節ごとに追う大きな人々』とかを書いている。  凄い人。……らしい。  この人が凄い人? 僕はそうは思わない。何故なら、 「今回のお前たちの使命が、宝探し」 「使命が宝探しってどういうことですか?」 「そのままの意味だが?」  とにかく変な人なのだ。もう、性格とか何から何まで。 「俺が今解読しているこの日記」  そう言って部屋の壁に立てかけてある本――大きすぎてページをめくるのも一苦労そうだ――を指さすセント師。 「ここに、楽譜についての情報が書かれていたんだ」 「楽譜って……大きな人々の曲ってことですか?」 「おそらくはそう。何でも、この歌には人々の心を安らげる効果があるらしい」 「それって、本当ですか?」  そう聞くのはマオ。この間僕と一緒に悪意の精霊と戦った新人ウタカゼの男の子で、今回も一緒に冒険するらしい。前に冒険した時は、美しい横笛を聞かせてもらった。  歌が得意な彼は、楽譜と聞くと興味をそそられるのだろう。癒しの効果があるならなおさら。 「あるんだと思う。それを確かめるため、できるなら、その楽譜を持ち帰ってほしい」 「どうしてですか?」  僕が尋ねる。 「この歌を分析すれば、何かウタカゼに新しい力をもたらすことができるかもしれないだろ?」  セント師が教えてくれる。なるほど、研究のために必要なのか。 「大きな人々の物ってことは相当大きいですよね? どうやって持って帰れはいいんですか?」  そう聞くのは僕の後ろにいるヘレン。この女の子は今回が初めての使命らしい。  彼女は感覚に優れたウタカゼで、遠くの物を見るのに長けているのだとか。  ちなみに僕の長所は、ない。可もなく不可もなくというのが、僕の長所……なのだとセント師は言ってた。 「そうだな、上の枝に気球がまだあったはずだから、あれを使って行けばいいだろう」 「でも、僕たち、まだ気球なんて使ったことないですよ、そんなメンバーで大丈夫なんでしょうか?」  僕がそう尋ねると、 「大丈夫だ、問題ない」  セント師がそう即答してくる。  そしてセント師は部屋の隅っこで積み重なっている本を指さす(と言っても一冊一冊が僕たちとほとんど同じサイズなのだけど)。え、まさか今から勉強しろってことなの? 「そこにいるケイトなら、気球を使ったことがある。そうだろう?」  ……本に向かってそう話しかけられても、セント師の変人伝説がまた一つ増えただけ……。 「はぁい」  セント師が指さしているのは積み重なった本。人は誰もいないのに声がする。何事!? 「このチームの同行と引率、頼めるな?」  本が動いている。怖い怖い怖い!  隣のマオは相当怖いらしくて、今から泡を吹いてしまいそうな感じだ。というか正直僕も怖い。  え、本が引率するの?  怯えきった僕たちに呆れた、セント師が大きくため息をついて、本に向かって話しかけた。 「ケイト、本から出てこい」 「はぁい」  本から誰かが出てきた。あれがケイトさん、らしい。 「ケイトですぅ」  ケイトさんが軽く手を振る。鉄兜に布の服という奇妙な出で立ちの女の人は、僕達の先輩ウタカゼで、セント師が担当しているウタカゼの1人らしい。  変人なケイトさんの師匠も変人。なるほど納得。 「よろしくねぇ」 「はい」  そう言って握手を交わす僕らとケイトさん。 「あぁ、ケイトは使命を果たそうとすると人格が変わるから気をつけろよ」  セント師がそう僕らに言ってくる。何のことなんだろう……?  とりあえずうなずいておくと、セント師はペンを取り出して、 「じゃあ俺は研究をするので、ケイト、後は任せた」  研究に戻ろうとする。 「いやせめて場所くらい教えてください」  僕がそう言うと、セント師は「教えてなかったか……」とぼやきながら地図を取り出して印をつけている。  ちょっと待ってください。場所も教えずに行かせようとしたんですかセント師。 「ん」  セント師が赤丸を入れた地図を僕らに渡す。  赤丸が入っているのは、緑沼の王国から見てちょっと南西、風鳴き谷というところ。はじめて聞いた。 「ここの麓にある明らかに大きすぎる茶色の家がそうだ」  ふむふむ……。 「じゃあ、後はよろしく」 「それだけ!?」  なんて雑な説明だ! 「はぁい、行ってきます~」  僕ら3人が何か言おうとする前に、ケイトさんが地図を持って部屋の外に出る。  慌てて追いかける僕たち。  気球の保管庫に行く最中、ヘレンがケイトさんに質問していた。 「ケイトさんは……その、何かあの人に質問しなくてよかったんですか?」  そう聞くと、 「まぁ、あの人だしねぇ」  と言われてしまった。 「それでいいんですか?」 「いいの。セント師のこと、ちゃんと分かってるから」  そして、すたすたと歩いて行くケイトさんの背中を、僕らは慌てて追いかけた。 ♪  気球の旅は快適だと見習いの時にセント師が教えてくれたことがあった。  あれは嘘だと思った。 「もうすぐ着くからしっかり掴まってね」  歌風の龍樹にいた時とはうって変わって真剣な表情を崩さない(ケイトさん曰く『後輩の命がかかっているのに真剣にならないわけがない』)ケイトさんが僕とマオにそう指示する。 「は、はい……」  力なく答える僕。 「ちゃんと掴まってます……」  その隣でぐったりしているマオ。  ちなみにヘレンは操縦役としてさっきからケイトさんにこき使われている(ケイトさんに自分で操縦しないのか聞いたら、新人の子に経験を積ませるために自分はあえてしないって言われた)のだが、僕らは僕らで気球を割ろうとするカラスと必死に戦っていたのだ。  まだ使命を果たしていないのにもう疲れた。部屋のベッドが恋しい。  ケイトさんがふと、気球の外の景色をじっと見つめると、表情を変えた。  そして、ヘレンに指示する。 「ヘレン。風がいい方向に吹いている。これはこの辺りでは珍しい事象だから、風が変わらないうちにこの気球を着地させて」 「はい、やってみます!」  ヘレンの操縦で気球が大きく揺らぐ。そして、地面に向かって――  ――――物凄い勢いで落ちていく。 「「ヘレンさん!?」」  ボクとマオの声が重なる。  というか、これは…… 「落ちてるわね」  冷静に判断するケイトさん。いやいやいや! 「け、ケイトさん、これどうしたらいいですか!?」  ヘレンがそう聞くけど、ケイトさんは気球の炎を消しながら、とても冷静な声でこう言ってくる。 「自然落下させるしかないわね」  それ大丈夫なんですか……? 「え、つまりそれって……」  同じ疑問を持ったのか、震える声で聞くマオ。  ケイトさんはそんな僕らの悲鳴なんてお構いなしと言わんばかりの声で、 「私たちはウタカゼ。龍から愛された、希望の勇者よ」 「そ、そうですね……?」  意図が分からずに首をひねる僕ら。 「無事で済むことを、各々の守護龍に祈りなさい」  つまり、ケイトさんでもどうしようもないってことじゃないか!?  一気に僕たちの希望がなくなった気がした。  会話をしている間にも気球は落ちていく。しかもさっきよりもスピードが上がっている。 「うわぁぁぁ!!?」 「ヘレン――!!」 「ごめんなさ――い!!」  三者三様にそう叫んだあと、僕らの意識は途絶えた。 ♪  懐かしい夢を見た。  僕はコビット族のパンヤの村に住んでいた。  パンヤの村はかつて絹織物を生産している事で有名だった。僕たちの村で作られた絹織物はとても綺麗な刺繍で作られているので、コビット族以外の言葉ある種族たちも遠い道のりを旅して絹織物を求めてやって来るんだ。  その人たちが持って来たさまざまな素材で、また美しい絹織物が出来上がる。僕も、将来は絹織物の職人になろうとしていた。  村長の顔、父さんの顔、母さんの顔、いろんな懐かしい顔が浮かんで、 「……ッツ、リッツ……リッツってば……」  声をかけられて、僕の視界が揺れる。  ……揺れる? 「…………う……ん……」 「リッツ!」  誰かに叫ばれたと同時、物凄い勢いでガクガク揺さぶられた。首が変な感じの音を上げる。痛い痛い痛い!?  あれ、また父さんと母さんの顔が浮かんでくる…… 「マオ。それ位にしないと、リッツがまた倒れちゃうわよ」  制止の声が入る。この声はケイトさんだ。  そこで思い出した。  そうだ。僕はセント師の使命で宝探しをするために気球に乗っていたのだ。 「あれ、僕……?」  そこまでは覚えてる。それから先が分からない。 「リッツさんは倒れていたのですよ」  そう、ヘレンが教えてくれる。 「気球が落ちたのは目的の建物の屋根だったみたい。大きな人々の作った頑丈な屋根に当たって、あなただけ当たり所が悪くて気絶してたのよ」  ケイトさんが解説してくれたおかげで、そのいきさつは分かった。  だけど、ここは屋内だ。さっきまで青空の下にいたのに。  部屋の周りを見渡す。普段僕たちが使っているから、本当に使い方が分からないものまで、たくさんのものがこの部屋には置いてある。物置なのかな?  だけど、どれも僕らよりずっと大きくて、とてもじゃないけどコビット族には扱えない。気がする。 「あの、ここどこなんですか?」 「目的地の遺跡の中だよ」  マオが教えてくれる。  あれ、もう建物の中? 「寝ている間に煙突から突入したのよ」  とケイトさんが付け足す。  てか煙突から入るって、かなり危ないような……? 「煙突の下で火を使っている様子はなかった、その先の部屋にも人のいる感覚はなし、なら入るしかないでしょって女性陣が」  マオがそう教えてくれる。どうやら、僕の疑問は通じていたらしい。 「な、なるほど……」 「でも、面倒なのが1つ」  ケイトさんがそう呟き、指さした。指先を見てみると、何かが動いてるのが見える。  人影みたいだけど、ここからじゃ遠すぎてよく分からない……。 「それじゃあ見えないわ。もっと感覚を研ぎ澄すようにして」  目を細めていた僕にケイトさんがアドバイスをくれる。感覚を研ぎ澄まして遠くを見た。  そして分かった。  赤い瞳の、イタチ族がいる。 「ケイトさん、あれ……?」  ヘレンが震える声で尋ねる。彼女も気づいたようだ。ケイトさんは、冷静な声で教えてくれた。 「あのしっぽは……みつこぶ丘に住むという、長しっぽ部族だと思うわ」 「で、でもあの人たち、目が真っ赤ですよ!」  マオがそう指摘する。  そう、僕たちウタカゼには、悪しきものや悪意の精霊と普通の動物を見分ける力がある。  普通の人には分からないけど、悪意に染まってしまった人たちはみんな赤い瞳をしているのだ。 「長しっぽ部族の今の族長はマシロって人よ。確か、前の族長を殺してから体格も大きくなって暴虐っぷりにさらに火が付いたって噂……もしかしたら、すでに悪意の精霊になっているかも」 「それがあの悪しきものとどんな関係があるんですか?」  ヘレンがケイトさんに尋ねる。 「悪意の精霊は悪意をうえつける。ということは……」 「あの悪しきものはみんなマシロに悪意をうえつけられたってことか」  ケイトさんの呟きを僕が引き継ぐと、他の皆もうなずいた。  悪意に染まってしまった人がいるなら、助けないと、いけない。  でも、ここで決断するのはリーダーのケイトさんだ。一番経験を積んでいる訳だし。  だから僕は尋ねた。 「ケイトさん、どうします?」  ケイトさんは少し考えたあと、こう言った。 「私たちの最も優先しなければいけない目的は楽譜を取りに行くことよ。だから、あとで悪しきイタチ族がいたということだけ、セント師に報告するわ」  つまり、彼らとの戦闘はできる限り避けるということか。 「いいんですか?」 「使命を優先するのは当然のことだし、新人のヘレンだっている。それに対して、彼らの人数は分からない。うかつに手を出したら危ないわ」  だからこそ。ケイトさんは皆の足を指さして言った。 「できる限り慎重に行くわよ。足音、できれば鳴らさないでね」  ……難易度高そうだ。僕は心の中でそう思った。 ♪  慎重に遺跡の中を進むこと、数時間。  ついに僕たちは遺跡の最も奥の部屋にたどり着いた。  一言で行ってしまったけど、その間にはイタチ族から逃げたり、扉を皆で開けたり、大きな人々の罠に引っ掛かりかけたり、色々あったのだ。……本当に、色々。  奥の部屋には、見上げるほどに大きな宝箱が1つだけある。どうやって開けるかはこれから考えるとして、きっとあの箱に目的である楽譜が入っているのだろう。  ……あれ?  おかしい。宝箱が勝手に開いている。何でだろう。  よく見ると、僕たちよりも先に着いた誰かが、既に宝箱によじ登ってふたを開けようとしている! 「イタチ族ね」  ケイトさんはそう言って、ボウガンの矢をイタチ族に向けると、何の躊躇もなく射った。 「「 「ケイトさん!?」」」  驚く僕らを無視して、ケイトさんは冷静な声だった。 「命中」  そう言われたので宝箱を見ると、確かに、今宝箱を開けようとしていたイタチ族が床に落ちていく。  ……すごい。これが、ベテランのウタカゼか……。  すると、遠くで落ちたイタチ族を助けている別のイタチ族が叫んでいる。彼らの目は真っ赤――悪しきものだ。 「何をするッチか!」 「私たちはウタカゼです! その楽譜を渡してください!」  ヘレンが必死に叫ぶが、その声は届かない。 「それは無理ッチね。俺たちは、マシロ様に楽譜を燃やして灰にしてしまえと言われているッチから」 「なんでだよ!」  マオが叫ぶ。楽譜を粗末に扱うのが許せないんだろう。 「マシロ様の命令だからッチ!」 「マシロ様に制裁を受けてしまうッチ!」 「……マシロはあの楽譜の存在を何かで知ったんでしょうね。そして、脅威になる前に楽譜を消したい、と」  ケイトさんがそう言ってくる。  そんなこと、させるもんか! 「そういうわけにはいかない! 僕たちだって、使命なんだ!」  僕は、思わず前に出てそう叫んだ。  少し間があって、考える。  ……あれ? リーダーの指示なしに勝手に行動しちゃった? だとしたら僕今危ない?  すると、 「そうね、よく言ったわ」  ケイトさんがそう言って僕の隣に立ち、 「赤い瞳の人たちは、私たちが止めないと」  ヘレンがおどおどしながらもそう言い、 「やろう、リッツ。僕らは、ウタカゼなんだから」  マオがもう横笛を構えている。  ……かつて、僕の住んでいたパンヤの村は、絹織物が盛んだった。だけど、もうだれも作らない。作ろうとしない。  余所から来た新しい村長が、美しい絹織物を嫌い、生産を中止してしまったのだ。  しばらくして、村民は絹織物の作り方を忘れてしまった。本当に、唐突に。  幸か不幸か、僕は絹織物への強い想いがずっと残っていたらしくて、ずっと忘れなかった。  村の誰も、あの美しい絹織物は作れなくなってしまった。なぜなら、あの村長――悪意の精霊が現れて、僕の村の大切なものの何もかもを奪っていってしまったから。  村民は、皆、みんな、忘れていった。やがて、村長の思惑通りに絹織物がなくなった村では、ずっと覚えている僕の正気を疑う者すら出てきた。  ……誰にも信じてもらえなくなった僕は、それに耐えられなくて村を出た。その後、歌風の龍樹にたどり着くまで、僕はずっと1人だった。  でも、今は違う。  悪意に立ち向かえる、頼りになる仲間がいる。 「こっちだって、マシロ様の命令ッチ!」  そう叫び、4匹のイタチ族が目をキツくして僕らに襲いかかってきた。  でも、僕は何も怖くない。  僕には仲間がいるのだから!  ケイトさんが剣を抜き、鞘を捨てた。戦闘態勢だ。  僕もそれにならって本来得意である曲刀を、マオは横笛を、ヘレンは弓を構える。  ケイトさんが4匹のイタチ族を見ながら言った。 「マオ、ヘレン。後ろで私たちの援護。よほどのことがない限り、前に出なくていいから」 「はい」 「分かりました」 「セントは私とあの敵陣に切り込むわ。できる限り後衛の2人を守ることを心がけてね」 「はい!」  ケイトさんが走る。狙いは、後衛のイタチ族。相手をかく乱させる気だ。その間に、僕が一番手前にいるイタチ族に向かって剣の一撃を放つ。 「当たらないッチ!」  だけど、イタチ族に剣で受け止められてしまう。 「っ!」 「ウタカゼの力はそんなもんッチか? だったら、それほどでも──ッ!」  イタチ族が苦しんでいる。頭を抱えて、何かを振り払うような仕草。  僕には分かる。これは、マオの横笛だ。ウタカゼの歌は、悪しきものにとって、過去を思い出させる、忌々しい歌なのだ。  イタチ族が耐えられなくなって気絶する。そういえば、イタチ族って皆音痴なんだっけか、とふと思った。  視線を前に移せば、ケイトさんの剣がイタチ族を吹き飛ばしているのが見えた。 「すごい……ケイトさん、ボウガンも得意なのに、そんな力まで……」 「え、ないわよ?」  ケイトさんに即座に否定される。 「影の龍に祈ったのよ。このイタチ族を懲らしめたいから力を下さいって」 「そんなこと、できるんですか?」 「それは、あなたも持っているはずよ。ただ、守護龍を信じる力が弱いんじゃないかしら」  そう、僕に諭すように言ってくるケイトさん。  立ちあがろうとしたイタチ族は、ヘレンの弓の一撃によって今度こそ倒れた。  あと、2人。 「行くわよ、リッツ」 「はい!」  ケイトさんの指示とともに、僕は走り出した。 ♪ 「さて、帰りましょうか」  時は過ぎ、もう夕方。  あの後、悪意から解放されたイタチ族は僕らにひたすらお詫びの言葉を言いながら楽譜と、気球を家の外に出してくれた。  今はヘレンとケイトさんが気球を動かす準備をしている。  気球には、例の楽譜もついている。これを渡せば、使命は完了だ。  でも。 「あなたたちはこれからどうするんですか?」  さっき気球を運んでくれたイタチ族――キィ君と言うらしい――にそう尋ねる。  だって、帰るべきみつこぶ丘は、今は悪意の精霊であるマシロが支配しているのだろうし。ウタカゼの助力もなしに行っては、また悪意に染まってしまうだろう。  すると、キィ君が教えてくれた。 「スクナ様を探すッチ」 「スクナ様?」  誰それ? 「長しっぽ部族の本来の族長ッチ。今はマシロから逃げているッチが……」 「そっか。見つかるといいね」 「頑張るッチ」  やがて、気球を動かす準備が終わったのか、3人が僕を呼んでいる。 「ほら、早く行った方がいいッチ」  キィ君に背中を押された。僕は苦笑いしながら、気球に向かって歩き出す。  僕らはウタカゼ。希望を与える小人の勇者。  最初は1人で村を出て、歌風の龍樹に行かなければいけない孤独の志願者。  でも、一人前のウタカゼになれると―― 「リッツ!」 「リッツさん、準備万端ですよ」 「行くわよ、リッツ」  こんなにも仲間がいる。 「うん、今行くよ」  もう、僕は1人じゃない。 〈おしまい〉